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1980'S コロンビア ゴアテックス マウンテンパーカー!!

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こんにちわ!!

今日は昨日よりも気温が下がり、しかも雨・・・涙

これから梅雨が明けるまでこんな日が続くと思うと

テンションがあがりませんね。


本日はそんな梅雨の時期に活躍するアイテムをご紹介したいと思います。

1980'S コロンビア ゴアテックス マウンテンパーカー!!

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迷彩パターンもカッコいいですね!!

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汚れ、破れなどのダメージはありません。状態◎

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コロンビアのオールドタグです。

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スナップボタン。

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ジップはYKKジップになります。

 

コロンビアの歴史

Columbia HISTORY 1938-1960’s

コロンビアの歴史は、オレゴンから始まった。

コロンビアスポーツウェアカンパニーの創始者ポール・ラムフロムは、家族と共にドイツから新天地アメリカへと渡ります。新たなる夢を抱いて辿り着いた地は、オレゴン州ポートランド。

そして1938年、ラムフロムは小さな帽子問屋の権利を買い取り、コロンビア川にちなんで、社名をコロンビアハットカンパニーと命名。コロンビアスポーツウェアカンパニーの記念すべき第一歩です。

ガート・ボイルは、まだ10代だったこの頃から家業をサポートしています。そして後にガートの夫となり、コロンビアの社長となるニール・ボイルも、1950年よりラムフロム家の事業に参加。

1960年、ポールとニールは自社での製品生産を始めます。コロンビアハットカンパニーは、スキーグローブ製造会社コロンビア・マニファクチャリング・カンパニーと合併し、ここにコロンビアスポーツウェアカンパニーが誕生します。

Columbia HISTORY 1960’s-1970’s

コロンビアと“マザー”は苦難に立ち向かった。

コロンビアのファーストといえるマルチポケットフィッシングベストの開発から4年。これからという時期に、ガート・ボイルの父であり、創始者である ポール・ラムフロムが逝去。そして社長を引き継いだ夫ニールもまた1970年に急逝。ガートの元に残されたのは3人の子どもと多額の借金でした。彼女はコ ロンビアを売却することを決心します。

しかし、会社に対する評価は驚くほど低く、提示された最高額でも負債を返済するのがやっとという数字でした。ガートはここで決意を新たにし、まだ大 学4年生だった息子ティム・ボイルとともに、再建の道を歩み始めます。彼女が目指したのは、細々と家業を続けることではなく、亡き夫ニールが志半ばにして 遂げられなかった拡大戦略を引き継ぎ、それを成功させることでした。過酷な再建の日々。しかしコロンビアは着実に基盤を築き上げていきました。

Columbia HISTORY 1980’s-1990’s

そして、全米ナンバーワンへ。

そして80年代に入ると、いよいよコロンビアの快進撃が始まります。
その第一に挙げられるのが、1982年の“インターチェンジシステム” の登場でした。それは現在もコロンビアの代表的なアイテムであるスリー・イン・ワン・ジャケットで実現した画期的な機能。アウタージャケットとインナー ジャケットをジッパーで脱着して3ウェイの着こなしができる“インターチェンジシステム”は、爆発的な人気を集めました。

そしてこのシステムを採用した“バガブーパーカ”は、1993年には全米で販売数が100万枚を越えて、米国内アウトドアウェアの年間最多販売記録 を打ち立てるまでになります。1989年、ついにコロンビアスポーツウェアは、アウトドアウェアブランドとして、アメリカ国内でシェアNO.1の座に着き ました。夫ニールの旅立ちから19年目のことでした。

こんなすばらしい歴史のあるブランドの最高の1枚を是非!!

 

サイズ M表記(身幅66cm着丈76cmゆき丈77cm)

税込価格 ¥15540

 

 

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